樣にしてゐるからいゝ。
 君は森田の事丈は評して來ない。恐らく君に氣に入らんのだらう。あの男は松根と正反對である。一擧一動人の批判を恐れてゐる。僕は可成りあの男を反對にしやう/\と力めてゐる。近頃は漸くの事あれ丈にした。それでもまだあんなである。然るにあゝなる迄には深い源因がある。それで始めて逢つた人からは妙だが、僕からはあれが極めて自然であつて、而も大に可愛さうである。僕が森田をあんなにした責任は勿論ない。然しあれを少しでももつと鷹揚に無邪氣にして幸福にしてやりたいとのみ考へてゐる。
 君をしかるつて、夫で澤山だ。そんなにほめる程の事もないが叱られる事もなからう。
 僕の教訓なんて、飛んでもない事だ。僕は人の教訓になる樣な行をしては居らん。僕の行爲の三分二は皆方便的な事で他人から見れば氣違的である。それで澤山なのである。現在状態がつゞけば氣遣[#「遣」に「原」の注記]である。死んでから人が氣違ときめて仕舞つたつて少しも耻とも何とも思はない。現在状態が變化すれば此狂態もやめるかも知れぬ。さうしたら死んでから君子と云はれるかも知れん。つまり一人の人間がどうでもなる所が自分ながら愉快で人に
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