と相遠かる樣な小天地ばかりに居ればそれぎりだが大きな世界に出れば只愉快を得る爲めだ抔とは云ふて居られぬ進んで苦痛を求める爲めでなくてはなるまいと思ふ。
 君の趣味から云ふとオイラン憂ひ式でつまり。自分のウツクシイと思ふ事ばかりかいて、それで文學者だと澄まして居る樣になりはせぬかと思ふ。現實世界は無論さうはゆかぬ。文學世界も亦さう許りではゆくまい。かの俳句連虚子でも四方太でも此點に於ては丸で別世界の人間である。あんなの許りが文學者ではつまらない。といふて普通の小説家はあの通りである。僕は一面に於て俳諧的文學に出入すると同時に一面に於て死ぬか生きるか、命のやりとりをする樣な維新の志士の如き烈しい精神で文學をやつて見たい。それでないと何だか難をすてゝ易につき劇を厭ふて閑に走る所謂腰拔文學者の樣な氣がしてならん。
 破戒にとるべき所はないが只此點に於テ他をぬく事數等であると思ふ。然し破戒ハ未ダシ。三重吉先生破戒以上の作ヲドン/\出シ玉へ 以上
        十月二十六日
[#地から5字上げ]夏目金之助
     鈴木三重吉樣

          四六八
 明治三十九年十二月八日 午後(以下
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