》をせまったのはこの塔中である。僧侶、貴族、武士、法士の前に立って彼が天下に向って譲位を宣告したのはこの塔中である。その時譲りを受けたるヘンリーは起《た》って十字を額と胸に画して云う「父と子と聖霊の名によって、我れヘンリーはこの大英国の王冠と御代とを、わが正しき血、恵みある神、親愛なる友の援《たすけ》を藉《か》りて襲《つ》ぎ受く」と。さて先王の運命は何人《なんびと》も知る者がなかった。その死骸がポント・フラクト城より移されて聖《セント》ポール寺に着した時、二万の群集は彼の屍《しかばね》を繞《めぐ》ってその骨立《こつりつ》せる面影《おもかげ》に驚かされた。あるいは云う、八人の刺客《せっかく》がリチャードを取り巻いた時彼は一人の手より斧《おの》を奪いて一人を斬《き》り二人を倒した。されどもエクストンが背後より下《くだ》せる一撃のためについに恨《うらみ》を呑《の》んで死なれたと。ある者は天を仰《あお》いで云う「あらずあらず。リチャードは断食《だんじき》をして自《みずか》らと、命の根をたたれたのじゃ」と。いずれにしてもありがたくない。帝王の歴史は悲惨の歴史である。
 階下の一室は昔しオルター・
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