八車を※[#「にんべん+雇」、675−13]《やと》って来て一晩寝ずにかかって自分の荷を新宅へ運んだのである。彼はすこぶる尨大《ぼうだい》なるシマリのない顔をしている。そこで申訳のために少々鼻の下へ髭《ひげ》をはやしてはいるが、なかなか差配に負けぬ抜目のない男と見える。
 我輩は亭主に自分の身体《からだ》はいつ移れるのかと聞いたら今日でもよいというから、午飯《ひるめし》の後妻君と共に新宅へ引き移る事にした。
 神さんと二人で午飯を食っていると亭主が代言人の所から帰って来て神さんに、御前一つ手紙をかいて差配の所へ郵便でやれ書留にしなくてはいかんといってまた出て行った。神さんはサラサラ何か書き始める。どんな手紙をかくか少々見たい心持でもある。やがて神さんは書き了《おわ》って「ちょっと○○さんこういう手紙なんです聞いて下さい」と高慢な顔をして手紙を読み始める。「拝啓妾は驚入申候。……どうですもう少しゆっくり読みましょうか……妾は驚き入申候。昨日は三度ならず四度までも留守宅へ御来臨の上|下婢《かひ》に向って妾ら身の上に関する種々なる質問を発せられ、それのみならず無断にて人の家を捜索なされ、あま
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