つさえ下婢に向って妾はレデーの資格なきものなりなど余計な事を吹聴《ふいちょう》せられ候由、元来右はいかなる御主意に御座候や伺度候。この乱暴なる貴下の挙動に対し妾は弁解を求むる権利ありと存候。……こう云うのです。これがね策なんですよ」と云うから我輩も少々驚き入申しておるところだが、策って云うのはどんな策なんですと聞くと、先生いよいよ得意だ。ようござんすか、御手紙を書いてちゃんとこの通り控えをとっておくでしょう、先方でもしこの事件を裁判沙汰にする日にはこれが証拠《しょうこ》になって差配が乱暴を働いたという種になるのですよ。今までは女二人だと思ってずいぶん勝手な事ばかりしたのですが、今じゃ男がついているからそうばかり踏みつけられちゃいませんのさ、と間接に亭主の自慢を仰せられた。それから御待遠様それでは出かけましょうと云うから出かけた。我輩は手提革鞄《てさげかばん》の中へ雑物を押し込んですこぶる重い奴《やつ》をさげてしかも左の手には蝙蝠《こうもり》とステッキを二本携えている。レデーは網袋の中へ渋紙包を四つ入れて右の手にさげている。この渋紙包の一つには我輩の寝巻とヘコ帯が這入《はい》っているんだ
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