の移る処ならどこでも移ります、と答えるはずなのだ。そうは答えなかったらしい。ここにそう答えられない訳がある。なるほどこの妹はごく内気なおとなしいしかも非常に堅固な宗教家で、我輩はこの女と家を共にするのは毫《ごう》も不愉快を感じないが、姉の方たる少々|御転《おてん》だ。この姉の経歴談も聞《きい》たが長くなるから抜きにして、ちょっと小生の気に入らない点を列挙するならば、第一生意気だ、第二知ったかぶりをする、第三つまらない英語を使ってあなたはこの字を知っておいでですかと聞く事がある。一々|勘定《かんじょう》すれば際限がない。せんだってトンネルと云う字を知っているかと聞た。それから straw すなわち藁《わら》という字を知っているかと聞た。英文学専門の留学生もこうなると怒る張合もない。近頃は少々見当がついたと見えてそんな失敬な事も言わない。また一般の挙動も大に叮嚀《ていねい》になった。これは漱石が一言の争もせず冥々《めいめい》の裡《うち》にこの御転婆を屈伏せしめたのである。――そんな得意談はどうでも善《よ》いとして、この国の女ことに婆さんとくると、いわゆる老婆親切と云う訳かも知れんが、自分の
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