敦《ロンドン》の家賃は高い――借金ができる、寄宿生の中に熱病が流行《はや》る。一人退校する、二人退校する、しまいに閉校する。……運命が逆《さかさ》まに回転するとこう行くものだ。可憐なる彼ら――可憐は取消そう二人とも可憐という柄《がら》ではない――エー不憫《ふびん》なる――憫然なる彼らはあくまでも困難と奮戦しようという決心でついに下宿を開業した。その開業したての煙の出ているところへ我輩は飛び込んだのである。飛び込んでからだんだん事情を聞いたときにこんどこそはこの二人の少女、ではない我輩より三寸ばかり背《せ》いの高い女に成功あらしめたまえと私《ひそ》かに祈念を凝《こ》らした。誰れに祈念を凝らしたと聞かれると少々困る。祈るべき神に交際の無い拙者だから、ただあてどもなく祈念した。果《はた》せるかないっこう霊現がない。ちっとも客が来ない。「夏目さん、あなたの御存じの方でいらしっていただく方はありますまいか」「さよう、実に御気の毒だから周旋したいのだが、倫敦《ロンドン》には別に朋友《ほうゆう》というものがないから――」。それでもせんだってまでは日本人が一人おった。この先生はすこぶる陽気な人でこんな
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