》わらず重宝《ちょうほう》がられるのか何方《どちら》かでなければならない。然《しか》し今其源因を一つに片付けるのは愚《ぐ》の至として、又事実の許す如く、しばらく両方の因数が相合して此需要を引き起したとして、余はとくに余の見地から見て、後者の方に重きを置きたいのである。
自白すると余は万年筆に余り深い縁故もなければ、又人に講釈する程に精通していない素人《しろうと》なのである。始めて万年筆を用い出してから僅《わず》か三四年にしかならないのでも親しみの薄い事は明らかに分る。尤《もっと》も十二年前に洋行するとき親戚のものが餞別《せんべつ》として一本|呉《く》れたが、夫《それ》はまだ使わないうちに船のなかで器械体操の真似《まね》をしてすぐ壊して仕舞《しま》った。夫《それ》から外国にいる間は常にペンを使って事を足していたし、帰ってから原稿を書かなくてはならない境遇に置かれても、下手な字をペンでがしがし書いて済ましていた。それで三四年前になって何故《なぜ》万年筆に改めようと急に思い立ったか、其理由は今|一寸《ちょっと》思い出せないが、第一に便利という実際的な動機に支配されたのは事実に違ない。万年筆
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