た。
 僕の家の裏には大きな棗《なつめ》の木が五六本もあった。『坊っちゃん』に似ているって。あるいはそうかもしれんよ。『坊っちゃん』にお清という親切な老婢《ろうひ》が出る。僕の家にも事実はあんな老婢がいて、僕を非常にかわいがってくれた。『坊っちゃん』の中に、お清からもらった財布《さいふ》を便所へ落とすと、お清がわざわざそれを拾ってもってきてくれる条《くだり》があった。僕は下女に金をもらった覚えはないが、財布の一条《ひとくだり》は実地の話だった。僕の幼友《おさなとも》だちで今、名を知られている人は、山口弘一という人だけだ。この人はたしか学習院の先生かなんかしていられるということだ。くわしくは知らぬ。
 そのうちに僕は中学へはいったが、途中でよしてしまって、予備門へはいる準備のため駿河台にそのころあった成立学舎へはいった。そのころの友人にはだいぶえらくなったやつがある。それから予備門へはいった。山田|美妙《びみょう》斎とは同級だったが、格別心やすうもしなかった。正岡とはその時分から友人になった。いっしょに俳句もやった。正岡は僕よりももっと変人で、いつも気に入らぬやつとは一語も話さない。孤峭
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