仕入れておいて、いつの間にか寝《ね》ている枕元《まくらもと》へ蕎麦湯を持って来てくれる。時には鍋焼饂飩《なべやきうどん》さえ買ってくれた。ただ食い物ばかりではない。靴足袋《くつたび》ももらった。鉛筆《えんぴつ》も貰った、帳面も貰った。これはずっと後の事であるが金を三円ばかり貸してくれた事さえある。何も貸せと云った訳ではない。向うで部屋へ持って来てお小遣いがなくてお困りでしょう、お使いなさいと云ってくれたんだ。おれは無論入らないと云ったが、是非使えと云うから、借りておいた。実は大変嬉しかった。その三円を蝦蟇口《がまぐち》へ入れて、懐《ふところ》へ入れたなり便所へ行ったら、すぽりと後架《こうか》の中へ落《おと》してしまった。仕方がないから、のそのそ出てきて実はこれこれだと清に話したところが、清は早速竹の棒を捜《さが》して来て、取って上げますと云った。しばらくすると井戸端《いどばた》でざあざあ音がするから、出てみたら竹の先へ蝦蟇口の紐《ひも》を引き懸《か》けたのを水で洗っていた。それから口をあけて壱円札《いちえんさつ》を改めたら茶色になって模様が消えかかっていた。清は火鉢で乾《かわ》かして、
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