ちょう》してくれた。おれは到底《とうてい》人に好かれる性《たち》でないとあきらめていたから、他人から木の端《はし》のように取り扱《あつか》われるのは何とも思わない、かえってこの清のようにちやほやしてくれるのを不審《ふしん》に考えた。清は時々台所で人の居ない時に「あなたは真《ま》っ直《すぐ》でよいご気性だ」と賞《ほ》める事が時々あった。しかしおれには清の云う意味が分からなかった。好《い》い気性なら清以外のものも、もう少し善くしてくれるだろうと思った。清がこんな事を云う度におれはお世辞は嫌《きら》いだと答えるのが常であった。すると婆さんはそれだから好いご気性ですと云っては、嬉しそうにおれの顔を眺《なが》めている。自分の力でおれを製造して誇《ほこ》ってるように見える。少々気味がわるかった。
 母が死んでから清はいよいよおれを可愛がった。時々は小供心になぜあんなに可愛がるのかと不審に思った。つまらない、廃《よ》せばいいのにと思った。気の毒だと思った。それでも清は可愛がる。折々は自分の小遣《こづか》いで金鍔《きんつば》や紅梅焼《こうばいやき》を買ってくれる。寒い夜などはひそかに蕎麦粉《そばこ》を
前へ 次へ
全210ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング