したら卑怯《ひきょう》な待駒《まちごま》をして、人が困ると嬉《うれ》しそうに冷やかした。あんまり腹が立ったから、手に在った飛車を眉間《みけん》へ擲《たた》きつけてやった。眉間が割れて少々血が出た。兄がおやじに言付《いつ》けた。おやじがおれを勘当《かんどう》すると言い出した。
その時はもう仕方がないと観念して先方の云う通り勘当されるつもりでいたら、十年来召し使っている清《きよ》という下女が、泣きながらおやじに詫《あや》まって、ようやくおやじの怒《いか》りが解けた。それにもかかわらずあまりおやじを怖《こわ》いとは思わなかった。かえってこの清と云う下女に気の毒であった。この下女はもと由緒《ゆいしょ》のあるものだったそうだが、瓦解《がかい》のときに零落《れいらく》して、つい奉公《ほうこう》までするようになったのだと聞いている。だから婆《ばあ》さんである。この婆さんがどういう因縁《いんえん》か、おれを非常に可愛がってくれた。不思議なものである。母も死ぬ三日前に愛想《あいそ》をつかした――おやじも年中持て余している――町内では乱暴者の悪太郎と爪弾《つまはじ》きをする――このおれを無暗に珍重《ちん
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