抵《たいてい》にするがいい。どうするか見ろと、寝巻のまま宿直部屋を飛び出して、楷子段《はしごだん》を三股半《みまたはん》に二階まで躍《おど》り上がった。すると不思議な事に、今まで頭の上で、たしかにどたばた暴れていたのが、急に静まり返って、人声どころか足音もしなくなった。これは妙だ。ランプはすでに消してあるから、暗くてどこに何が居るか判然と分《わか》らないが、人気《ひとけ》のあるとないとは様子でも知れる。長く東から西へ貫《つらぬ》いた廊下《ろうか》には鼠《ねずみ》一|匹《ぴき》も隠《かく》れていない。廊下のはずれから月がさして、遥か向うが際どく明るい。どうも変だ、おれは小供の時から、よく夢《ゆめ》を見る癖があって、夢中《むちゅう》に跳ね起きて、わからぬ寝言を云って、人に笑われた事がよくある。十六七の時ダイヤモンドを拾った夢を見た晩なぞは、むくりと立ち上がって、そばに居た兄に、今のダイヤモンドはどうしたと、非常な勢《いきおい》で尋《たず》ねたくらいだ。その時は三日ばかりうち中《じゅう》の笑い草になって大いに弱った。ことによると今のも夢かも知れない。しかしたしかにあばれたに違いないがと、廊下
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