。今さら山嵐から講釈をきかなくってもいい。強者の権利と宿直とは別問題だ。狸や赤シャツが強者だなんて、誰《だれ》が承知するものか。議論は議論としてこの宿直がいよいよおれの番に廻《まわ》って来た。一体|疳性《かんしょう》だから夜具蒲団《やぐふとん》などは自分のものへ楽に寝ないと寝たような心持ちがしない。小供の時から、友達のうちへ泊《とま》った事はほとんどないくらいだ。友達のうちでさえ厭《いや》なら学校の宿直はなおさら厭だ。厭だけれども、これが四十円のうちへ籠《こも》っているなら仕方がない。我慢《がまん》して勤めてやろう。
教師も生徒も帰ってしまったあとで、一人ぽかんとしているのは随分《ずいぶん》間が抜《ぬ》けたものだ。宿直部屋は教場の裏手にある寄宿舎の西はずれの一室だ。ちょっとはいってみたが、西日をまともに受けて、苦しくって居たたまれない。田舎《いなか》だけあって秋がきても、気長に暑いもんだ。生徒の賄《まかない》を取りよせて晩飯を済ましたが、まずいには恐《おそ》れ入《い》った。よくあんなものを食って、あれだけに暴れられたもんだ。それで晩飯を急いで四時半に片付けてしまうんだから豪傑《ごうけ
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