せて出す。おれはいつでも上等へはいった。すると四十円の月給で毎日上等へはいるのは贅沢《ぜいたく》だと云い出した。余計なお世話だ。まだある。湯壺《ゆつぼ》は花崗石《みかげいし》を畳《たた》み上げて、十五|畳敷《じょうじき》ぐらいの広さに仕切ってある。大抵《たいてい》は十三四人|漬《つか》ってるがたまには誰も居ない事がある。深さは立って乳の辺まであるから、運動のために、湯の中を泳ぐのはなかなか愉快《ゆかい》だ。おれは人の居ないのを見済《みすま》しては十五?フ湯壺を泳ぎ巡《まわ》って喜んでいた。ところがある日三階から威勢《いせい》よく下りて今日も泳げるかなとざくろ口を覗《のぞ》いてみると、大きな札へ黒々と湯の中で泳ぐべからずとかいて貼《は》りつけてある。湯の中で泳ぐものは、あまりあるまいから、この貼札《はりふだ》はおれのために特別に新調したのかも知れない。おれはそれから泳ぐのは断念した。泳ぐのは断念したが、学校へ出てみると、例の通り黒板に湯の中で泳ぐべからずと書いてあるには驚《おど》ろいた。何だか生徒全体がおれ一人を探偵《たんてい》しているように思われた。くさくさした。生徒が何を云ったって、
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