者《くせもの》じゃない。おれはそんな呑気《のんき》な隠居《いんきょ》のやるような事は嫌《きら》いだと云ったら、亭主はへへへへと笑いながら、いえ始めから好きなものは、どなたもございませんが、いったんこの道にはいるとなかなか出られませんと一人で茶を注いで妙な手付《てつき》をして飲んでいる。実はゆうべ茶を買ってくれと頼《たの》んでおいたのだが、こんな苦い濃《こ》い茶はいやだ。一|杯《ぱい》飲むと胃に答えるような気がする。今度からもっと苦くないのを買ってくれと云ったら、かしこまりましたとまた一杯しぼって飲んだ。人の茶だと思って無暗《むやみ》に飲む奴《やつ》だ。主人が引き下がってから、明日の下読《したよみ》をしてすぐ寝《ね》てしまった。
それから毎日毎日学校へ出ては規則通り働く、毎日毎日帰って来ると主人がお茶を入れましょうと出てくる。一週間ばかりしたら学校の様子もひと通りは飲み込めたし、宿の夫婦の人物も大概《たいがい》は分った。ほかの教師に聞いてみると辞令を受けて一週間から一ヶ月ぐらいの間は自分の評判がいいだろうか、悪《わ》るいだろうか非常に気に掛《か》かるそうであるが、おれは一向そんな感じは
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