てやって来る。お茶を入れると云うからご馳走《ちそう》をするのかと思うと、おれの茶を遠慮《えんりょ》なく入れて自分が飲むのだ。この様子では留守中《るすちゅう》も勝手にお茶を入れましょうを一人《ひとり》で履行《りこう》しているかも知れない。亭主が云うには手前は書画骨董《しょがこっとう》がすきで、とうとうこんな商買を内々で始めるようになりました。あなたもお見受け申すところ大分ご風流でいらっしゃるらしい。ちと道楽にお始めなすってはいかがですと、飛んでもない勧誘《かんゆう》をやる。二年前ある人の使《つかい》に帝国《ていこく》ホテルへ行った時は錠前《じょうまえ》直しと間違《まちが》えられた事がある。ケットを被《かぶ》って、鎌倉《かまくら》の大仏を見物した時は車屋から親方と云われた。その外|今日《こんにち》まで見損《みそくな》われた事は随分あるが、まだおれをつらまえて大分ご風流でいらっしゃると云ったものはない。大抵《たいてい》はなりや様子でも分る。風流人なんていうものは、画《え》を見ても、頭巾《ずきん》を被《かぶ》るか短冊《たんざく》を持ってるものだ。このおれを風流人だなどと真面目に云うのはただの曲
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