た。清が越後《えちご》の笹飴《ささあめ》を笹ぐるみ、むしゃむしゃ食っている。笹は毒だからよしたらよかろうと云うと、いえこの笹がお薬でございますと云《い》って旨そうに食っている。おれがあきれ返って大きな口を開いてハハハハと笑ったら眼が覚めた。下女が雨戸を明けている。相変らず空の底が突《つ》き抜《ぬ》けたような天気だ。
道中《どうちゅう》をしたら茶代をやるものだと聞いていた。茶代をやらないと粗末《そまつ》に取り扱われると聞いていた。こんな、狭《せま》くて暗い部屋へ押《お》し込めるのも茶代をやらないせいだろう。見すぼらしい服装《なり》をして、ズックの革鞄と毛繻子《けじゅす》の蝙蝠傘《こうもり》を提げてるからだろう。田舎者の癖に人を見括《みくび》ったな。一番茶代をやって驚《おどろ》かしてやろう。おれはこれでも学資のあまりを三十円ほど懐《ふところ》に入れて東京を出て来たのだ。汽車と汽船の切符代と雑費を差し引いて、まだ十四円ほどある。みんなやったってこれからは月給を貰《もら》うんだから構わない。田舎者はしみったれだから五円もやれば驚《おど》ろいて眼を廻《まわ》すに極《きま》っている。どうするか見
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