れば、山嵐は、生涯《しょうがい》天誅を加える事は出来ないのである。
八日目には七時頃から下宿を出て、まずゆるりと湯に入って、それから町で鶏卵《けいらん》を八つ買った。これは下宿の婆さんの芋責《いもぜめ》に応ずる策である。その玉子を四つずつ左右の袂《たもと》へ入れて、例の赤手拭《あかてぬぐい》を肩《かた》へ乗せて、懐手《ふところで》をしながら、枡屋《ますや》の楷子段《はしごだん》を登って山嵐の座敷《ざしき》の障子をあけると、おい有望有望と韋駄天《いだてん》のような顔は急に活気を呈《てい》した。昨夜《ゆうべ》までは少し塞《ふさ》ぎの気味で、はたで見ているおれさえ、陰気臭《いんきくさ》いと思ったくらいだが、この顔色を見たら、おれも急にうれしくなって、何も聞かない先から、愉快《ゆかい》愉快と云った。
「今夜七時半頃あの小鈴《こすず》と云う芸者が角屋へはいった」
「赤シャツといっしょか」
「いいや」
「それじゃ駄目だ」
「芸者は二人づれだが、――どうも有望らしい」
「どうして」
「どうしてって、ああ云う狡《ずる》い奴だから、芸者を先へよこして、後から忍んでくるかも知れない」
「そうかも知れない
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