うを着た男がきて、こっちへ来いと云うから、尾《つ》いて行ったら、港屋とか云う宿屋へ連れて来た。やな女が声を揃《そろ》えてお上がりなさいと云うので、上がるのがいやになった。門口へ立ったなり中学校を教えろと云ったら、中学校はこれから汽車で二里ばかり行かなくっちゃいけないと聞いて、なお上がるのがいやになった。おれは、筒っぽうを着た男から、おれの革鞄《かばん》を二つ引きたくって、のそのそあるき出した。宿屋のものは変な顔をしていた。
停車場はすぐ知れた。切符《きっぷ》も訳なく買った。乗り込んでみるとマッチ箱のような汽車だ。ごろごろと五分ばかり動いたと思ったら、もう降りなければならない。道理で切符が安いと思った。たった三銭である。それから車を傭《やと》って、中学校へ来たら、もう放課後で誰《だれ》も居ない。宿直はちょっと用達《ようたし》に出たと小使《こづかい》が教えた。随分《ずいぶん》気楽な宿直がいるものだ。校長でも尋《たず》ねようかと思ったが、草臥《くたび》れたから、車に乗って宿屋へ連れて行けと車夫に云い付けた。車夫は威勢よく山城屋《やましろや》と云ううちへ横付けにした。山城屋とは質屋の勘太郎《
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