に限る。こんな田舎《いなか》に居るのは堕落《だらく》しに来ているようなものだ。新聞配達をしたって、ここまで堕落するよりはましだ。
 こう考えて、いやいや、附《つ》いてくると、何だか先鋒《せんぽう》が急にがやがや騒《さわ》ぎ出した。同時に列はぴたりと留まる。変だから、列を右へはずして、向うを見ると、大手町《おおてまち》を突《つ》き当って薬師町《やくしまち》へ曲がる角の所で、行き詰《づま》ったぎり、押《お》し返したり、押し返されたりして揉《も》み合っている。前方から静かに静かにと声を涸《か》らして来た体操教師に何ですと聞くと、曲り角で中学校と師範《しはん》学校が衝突《しょうとつ》したんだと云う。
 中学と師範とはどこの県下でも犬と猿《さる》のように仲がわるいそうだ。なぜだかわからないが、まるで気風が合わない。何かあると喧嘩をする。大方|狭《せま》い田舎で退屈《たいくつ》だから、暇潰《ひまつぶ》しにやる仕事なんだろう。おれは喧嘩は好きな方だから、衝突と聞いて、面白半分に馳《か》け出して行った。すると前の方にいる連中は、しきりに何だ地方税の癖《くせ》に、引き込めと、怒鳴《どな》ってる。後ろから
前へ 次へ
全210ページ中171ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング