してやらなくっては義理がわるい。ところがこっちから返報をする時分に尋常《じんじょう》の手段で行くと、向うから逆捩《さかねじ》を食わして来る。貴様がわるいからだと云うと、初手から逃《に》げ路《みち》が作ってある事だから滔々《とうとう》と弁じ立てる。弁じ立てておいて、自分の方を表向きだけ立派にしてそれからこっちの非を攻撃《こうげき》する。もともと返報にした事だから、こちらの弁護は向うの非が挙がらない上は弁護にならない。つまりは向うから手を出しておいて、世間体はこっちが仕掛けた喧嘩《けんか》のように、見傚《みな》されてしまう。大変な不利益だ。それなら向うのやるなり、愚迂多良童子《ぐうたらどうじ》を極め込んでいれば、向うはますます増長するばかり、大きく云えば世の中のためにならない。そこで仕方がないから、こっちも向うの筆法を用いて捕《つら》まえられないで、手の付けようのない返報をしなくてはならなくなる。そうなっては江戸《えど》っ子も駄目《だめ》だ。駄目だが一年もこうやられる以上は、おれも人間だから駄目でも何でもそうならなくっちゃ始末がつかない。どうしても早く東京へ帰って清《きよ》といっしょになる
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