挨拶が済んだら、あちらでもチュー、こちらでもチュー、という音がする。おれも真似をして汁《しる》を飲んでみたがまずいもんだ。口取《くちとり》に蒲鉾《かまぼこ》はついてるが、どす黒くて竹輪の出来損《できそこ》ないである。刺身《さしみ》も並んでるが、厚くって鮪《まぐろ》の切り身を生で食うと同じ事だ。それでも隣《とな》り近所の連中はむしゃむしゃ旨《うま》そうに食っている。大方江戸前の料理を食った事がないんだろう。
そのうち燗徳利《かんどくり》が頻繁《ひんぱん》に往来し始めたら、四方が急に賑《にぎ》やかになった。野だ公は恭しく校長の前へ出て盃《さかずき》を頂いてる。いやな奴だ。うらなり君は順々に献酬《けんしゅう》をして、一巡周《いちじゅんめぐ》るつもりとみえる。はなはだご苦労である。うらなり君がおれの前へ来て、一つ頂戴致しましょうと袴のひだを正して申し込まれたから、おれも窮屈にズボンのままかしこまって、一|盃《ぱい》差し上げた。せっかく参って、すぐお別れになるのは残念ですね。ご出立《しゅったつ》はいつです、是非浜までお見送りをしましょうと云ったら、うらなり君はいえご用|多《おお》のところ決し
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