てそれには及《およ》びませんと答えた。うらなり君が何と云ったって、おれは学校を休んで送る気でいる。
 それから一時間ほどするうちに席上は大分乱れて来る。まあ一|杯《ぱい》、おや僕が飲めと云うのに……などと呂律《ろれつ》の巡《まわ》りかねるのも一人二人《ひとりふたり》出来て来た。少々|退屈《たいくつ》したから便所へ行って、昔風な庭を星明りにすかして眺《なが》めていると山嵐が来た。どうださっきの演説はうまかったろう。と大分得意である。大賛成だが一ヶ所気に入らないと抗議《こうぎ》を申し込んだら、どこが不賛成だと聞いた。
「美しい顔をして人を陥れるようなハイカラ野郎は延岡に居《お》らないから……と君は云ったろう」
「うん」
「ハイカラ野郎だけでは不足だよ」

「じゃ何と云うんだ」
「ハイカラ野郎の、ペテン師の、イカサマ師の、猫被《ねこっかぶ》りの、香具師《やし》の、モモンガーの、岡っ引きの、わんわん鳴けば犬も同然な奴とでも云うがいい」
「おれには、そう舌は廻らない。君は能弁だ。第一単語を大変たくさん知ってる。それで演舌《えんぜつ》が出来ないのは不思議だ」
「なにこれは喧嘩《けんか》のときに使お
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