けれ、学校の先生方はみんなマドンナマドンナと言うといでるぞなもし。まだお聞きんのかなもし」
「うん、マドンナですか。僕あ芸者の名かと思った」
「いいえ、あなた。マドンナと云うと唐人《とうじん》の言葉で、別嬪さんの事じゃろうがなもし」
「そうかも知れないね。驚いた」
「大方画学の先生がお付けた名ぞなもし」
「野だがつけたんですかい」
「いいえ、あの吉川《よしかわ》先生がお付けたのじゃがなもし」
「そのマドンナが不たしかなんですかい」
「そのマドンナさんが不たしかなマドンナさんでな、もし」
「厄介《やっかい》だね。渾名《あだな》の付いてる女にゃ昔から碌《ろく》なものは居ませんからね。そうかも知れませんよ」
「ほん当にそうじゃなもし。鬼神《きじん》のお松《まつ》じゃの、妲妃《だっき》のお百じゃのてて怖《こわ》い女が居《お》りましたなもし」
「マドンナもその同類なんですかね」
「そのマドンナさんがなもし、あなた。そらあの、あなたをここへ世話をしておくれた古賀先生なもし――あの方の所へお嫁《よめ》に行く約束《やくそく》が出来ていたのじゃがなもし――」
「へえ、不思議なもんですね。あのうらなり君が
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