た。
「しかし先生はもう、お嫁がおありなさるに極《きま》っとらい。私はちゃんと、もう、睨《ね》らんどるぞなもし」
「へえ、活眼《かつがん》だね。どうして、睨らんどるんですか」
「どうしててて。東京から便りはないか、便りはないかてて、毎日便りを待ち焦《こ》がれておいでるじゃないかなもし」
「こいつあ驚《おどろ》いた。大変な活眼だ」
「中《あた》りましたろうがな、もし」
「そうですね。中ったかも知れませんよ」
「しかし今時の女子《おなご》は、昔《むかし》と違《ちご》うて油断が出来んけれ、お気をお付けたがええぞなもし」
「何ですかい、僕の奥さんが東京で間男でもこしらえていますかい」
「いいえ、あなたの奥さんはたしかじゃけれど……」
「それで、やっと安心した。それじゃ何を気を付けるんですい」
「あなたのはたしか――あなたのはたしかじゃが――」
「どこに不たしかなのが居ますかね」
「ここ等《ら》にも大分|居《お》ります。先生、あの遠山のお嬢《じょう》さんをご存知かなもし」
「いいえ、知りませんね」
「まだご存知ないかなもし。ここらであなた一番の別嬪《べっぴん》さんじゃがなもし。あまり別嬪さんじゃ
前へ
次へ
全210ページ中112ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング