。爺《じい》さんが夜《よ》るになると、変な声を出して謡《うたい》をうたうには閉口するが、いか銀のようにお茶を入れましょうと無暗《むやみ》に出て来ないから大きに楽だ。お婆さんは時々部屋へ来ていろいろな話をする。どうして奥さんをお連れなさって、いっしょにお出《い》でなんだのぞなもしなどと質問をする。奥さんがあるように見えますかね。可哀想《かわいそう》にこれでもまだ二十四ですぜと云ったらそれでも、あなた二十四で奥さんがおありなさるのは当り前ぞなもしと冒頭《ぼうとう》を置いて、どこの誰《だれ》さんは二十でお嫁《よめ》をお貰《もら》いたの、どこの何とかさんは二十二で子供を二人《ふたり》お持ちたのと、何でも例を半ダースばかり挙げて反駁《はんばく》を試みたには恐《おそ》れ入った。それじゃ僕《ぼく》も二十四でお嫁をお貰いるけれ、世話をしておくれんかなと田舎言葉を真似《まね》て頼んでみたら、お婆さん正直に本当かなもしと聞いた。
「本当の本当《ほんま》のって僕あ、嫁が貰いたくって仕方がないんだ」
「そうじゃろうがな、もし。若いうちは誰もそんなものじゃけれ」この挨拶《あいさつ》には痛み入って返事が出来なかっ
前へ
次へ
全210ページ中111ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング