いするものだからして、単に物質的の快楽ばかり求めるべきものでない。その方に耽《ふけ》るとつい品性にわるい影響《えいきょう》を及ぼすようになる。しかし人間だから、何か娯楽《ごらく》がないと、田舎《いなか》へ来て狭《せま》い土地では到底|暮《くら》せるものではない。それで釣《つり》に行くとか、文学書を読むとか、または新体詩や俳句を作るとか、何でも高尚《こうしょう》な精神的娯楽を求めなくってはいけない……」
だまって聞いてると勝手な熱を吹く。沖《おき》へ行って肥料《こやし》を釣ったり、ゴルキが露西亜《ロシア》の文学者だったり、馴染《なじみ》の芸者が松《まつ》の木の下に立ったり、古池へ蛙《かわず》が飛び込んだりするのが精神的娯楽なら、天麩羅を食って団子を呑《の》み込むのも精神的娯楽だ。そんな下さらない娯楽を授けるより赤シャツの洗濯《せんたく》でもするがいい。あんまり腹が立ったから「マドンナに逢《あ》うのも精神的娯楽ですか」と聞いてやった。すると今度は誰も笑わない。妙な顔をして互《たがい》に眼と眼を見合せている。赤シャツ自身は苦しそうに下を向いた。それ見ろ。利いたろう。ただ気の毒だったのはうら
前へ
次へ
全210ページ中106ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング