なり君で、おれが、こう云ったら蒼い顔をますます蒼くした。
七
おれは即夜《そくや》下宿を引き払《はら》った。宿へ帰って荷物をまとめていると、女房《にょうぼう》が何か不都合《ふつごう》でもございましたか、お腹の立つ事があるなら、云《い》っておくれたら改めますと云う。どうも驚《おど》ろく。世の中にはどうして、こんな要領を得ない者ばかり揃《そろ》ってるんだろう。出てもらいたいんだか、居てもらいたいんだか分《わか》りゃしない。まるで気狂《きちがい》だ。こんな者を相手に喧嘩《けんか》をしたって江戸《えど》っ子の名折れだから、車屋をつれて来てさっさと出てきた。
出た事は出たが、どこへ行くというあてもない。車屋が、どちらへ参りますと云うから、だまって尾《つ》いて来い、今にわかる、と云って、すたすたやって来た。面倒《めんどう》だから山城屋へ行こうかとも考えたが、また出なければならないから、つまり手数だ。こうして歩いてるうちには下宿とか、何とか看板のあるうちを目付け出すだろう。そうしたら、そこが天意に叶《かな》ったわが宿と云う事にしよう。とぐるぐる、閑静《かんせい》で住みよさそうな所を
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