てきた。向《むこ》うは二つばかり年上である。弱虫だが力は強い。鉢《はち》の開いた頭を、こっちの胸へ宛《あ》ててぐいぐい押《お》した拍子《ひょうし》に、勘太郎の頭がすべって、おれの袷《あわせ》の袖《そで》の中にはいった。邪魔《じゃま》になって手が使えぬから、無暗に手を振《ふ》ったら、袖の中にある勘太郎の頭が、右左へぐらぐら靡《なび》いた。しまいに苦しがって袖の中から、おれの二の腕《うで》へ食い付いた。痛かったから勘太郎を垣根へ押しつけておいて、足搦《あしがら》をかけて向うへ倒《たお》してやった。山城屋の地面は菜園より六尺がた低い。勘太郎は四つ目垣を半分|崩《くず》して、自分の領分へ真逆様《まっさかさま》に落ちて、ぐうと云った。勘太郎が落ちるときに、おれの袷の片袖がもげて、急に手が自由になった。その晩母が山城屋に詫《わ》びに行ったついでに袷の片袖も取り返して来た。
この外いたずらは大分やった。大工の兼公《かねこう》と肴屋《さかなや》の角《かく》をつれて、茂作《もさく》の人参畠《にんじんばたけ》をあらした事がある。人参の芽が出揃《でそろ》わぬ処《ところ》へ藁《わら》が一面に敷《し》いてあったから、その上で三人が半日|相撲《すもう》をとりつづけに取ったら、人参がみんな踏《ふ》みつぶされてしまった。古川《ふるかわ》の持っている田圃《たんぼ》の井戸《いど》を埋《う》めて尻《しり》を持ち込まれた事もある。太い孟宗《もうそう》の節を抜いて、深く埋めた中から水が湧《わ》き出て、そこいらの稲《いね》にみずがかかる仕掛《しかけ》であった。その時分はどんな仕掛か知らぬから、石や棒《ぼう》ちぎれをぎゅうぎゅう井戸の中へ挿《さ》し込んで、水が出なくなったのを見届けて、うちへ帰って飯を食っていたら、古川が真赤《まっか》になって怒鳴《どな》り込んで来た。たしか罰金《ばっきん》を出して済んだようである。
おやじはちっともおれを可愛《かわい》がってくれなかった。母は兄ばかり贔屓《ひいき》にしていた。この兄はやに色が白くって、芝居《しばい》の真似《まね》をして女形《おんながた》になるのが好きだった。おれを見る度にこいつはどうせ碌《ろく》なものにはならないと、おやじが云った。乱暴で乱暴で行く先が案じられると母が云った。なるほど碌なものにはならない。ご覧の通りの始末である。行く先が案じられたのも無理はな
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