となく長い旗を所々に植え付けた上に、世界万国の国旗をことごとく借りて来たくらい、縄《なわ》から縄、綱《つな》から綱へ渡《わた》しかけて、大きな空が、いつになく賑《にぎ》やかに見える。東の隅《すみ》に一夜作りの舞台《ぶたい》を設けて、ここでいわゆる高知の何とか踴りをやるんだそうだ。舞台を右へ半町ばかりくると葭簀《よしず》の囲いをして、活花《いけばな》が陳列《ちんれつ》してある。みんなが感心して眺めているが、一向くだらないものだ。あんなに草や竹を曲げて嬉《うれ》しがるなら、背虫の色男や、跛《びっこ》の亭主《ていしゅ》を持って自慢《じまん》するがよかろう。
 舞台とは反対の方面で、しきりに花火を揚げる。花火の中から風船が出た。帝国万歳《ていこくばんざい》とかいてある。天主の松の上をふわふわ飛んで営所のなかへ落ちた。次はぽんと音がして、黒い団子が、しょっと秋の空を射抜《いぬ》くように揚《あ》がると、それがおれの頭の上で、ぽかりと割れて、青い烟《けむり》が傘《かさ》の骨のように開いて、だらだらと空中に流れ込んだ。風船がまた上がった。今度は陸海軍万歳と赤地に白く染め抜いた奴が風に揺られて、温泉《ゆ》の町から、相生村《あいおいむら》の方へ飛んでいった。大方観音様の境内《けいだい》へでも落ちたろう。
 式の時はさほどでもなかったが、今度は大変な人出だ。田舎にもこんなに人間が住んでるかと驚《おど》ろいたぐらいうじゃうじゃしている。利口《りこう》な顔はあまり見当らないが、数から云うとたしかに馬鹿に出来ない。そのうち評判の高知の何とか踴が始まった。踴というから藤間か何ぞのやる踴りかと早合点していたが、これは大間違いであった。
 いかめしい後鉢巻《うしろはちまき》をして、立《た》っ付《つ》け袴《ばかま》を穿《は》いた男が十人ばかりずつ、舞台の上に三列に並《なら》んで、その三十人がことごとく抜き身を携《さ》げているには魂消《たまげ》た。前列と後列の間はわずか一尺五寸ぐらいだろう、左右の間隔《かんかく》はそれより短いとも長くはない。たった一人列を離《はな》れて舞台の端《はし》に立ってるのがあるばかりだ。この仲間|外《はず》れの男は袴だけはつけているが、後鉢巻は倹約して、抜身の代りに、胸へ太鼓《たいこ》を懸《か》けている。太鼓は太神楽《だいかぐら》の太鼓と同じ物だ。この男がやがて、いやあ、はああ
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