の下に百里の眺《なが》めが展開する時の感じはこれである。演奏台は遥《はる》かの谷底にある。近づくためには、登り詰めた頂から、規則正しく排列された人間の間を一直線に縫うがごとくに下りて、自然と逼《せま》る擂鉢《すりばち》の底に近寄らねばならぬ。擂鉢《すりばち》の底は半円形を劃して空に向って広がる内側面には人間の塀《へい》が段々に横輪をえがいている。七八段を下りた高柳君は念のために振り返って擂鉢の側面を天井《てんじょう》まで見上げた時、目がちらちらしてちょっと留った。excuse me と云って、大きな異人が、高柳君を蔽《おお》いかぶせるようにして、一段下へ通り抜けた。駝鳥《だちょう》の白い毛が鼻の先にふらついて、品のいい香りがぷんとする。あとから、脳巓《のうてん》の禿《は》げた大男が絹帽《シルクハット》を大事そうに抱えて身を横にして女につきながら、二人を擦《す》り抜ける。
「おい、あすこに椅子が二つ空《あ》いている」と物馴《ものな》れた中野君は階段を横へ切れる。並んでいる人は席を立って二人を通す。自分だけであったら、誰も席を立ってくれるものはあるまいと高柳君は思った。
「大変な人だね」と
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