ら眺《なが》めていた。血を連想した時高柳君は腋《わき》の下から何か冷たいものが襯衣《シャツ》に伝わるような気分がした。ごほんと取り締りのない咳《せき》を一つする。
形も様々である。火にあぶったかき餅《もち》の状《なり》は千差万別であるが、我も我もとみんな反《そ》り返《かえ》る。桜の落葉もがさがさに反《そ》り返って、反り返ったまま吹く風に誘われて行く。水気《みずけ》のないものには未練も執着もない。飄々《ひょうひょう》としてわが行末を覚束《おぼつか》ない風に任せて平気なのは、死んだ後《あと》の祭りに、から騒ぎにはしゃぐ了簡《りょうけん》かも知れぬ。風にめぐる落葉と攫《さら》われて行くかんな屑《くず》とは一種の気狂《きちがい》である。ただ死したるものの気狂である。高柳君は死と気狂とを自然界に点綴《てんてつ》した時、瘠《や》せた両肩を聳《そび》やかして、またごほんと云ううつろな咳《せき》を一つした。
高柳君はこの瞬間に中野君からつらまえられたのである。ふと気がついて見ると世は太平である。空は朗らかである。美しい着物をきた人が続々行く。相手は薄羅紗《うすらしゃ》の外套《がいとう》に恰好《かっ
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