寄宿舎の、同じ窓に机を並べて生活して、同じ文科に同じ教授の講義を聴いて、同じ年のこの夏に同じく学校を卒業したのである。同じ年に卒業したものは両手の指を二三度屈するほどいる。しかしこの二人ぐらい親しいものはなかった。
高柳君は口数をきかぬ、人交《ひとまじわ》りをせぬ、厭世家《えんせいか》の皮肉屋と云われた男である。中野君は鷹揚《おうよう》な、円満な、趣味に富んだ秀才である。この両人《ふたり》が卒然と交《まじわり》を訂《てい》してから、傍目《はため》にも不審と思われるくらい昵懇《じっこん》な間柄《あいだがら》となった。運命は大島《おおしま》の表と秩父《ちちぶ》の裏とを縫い合せる。
天下に親しきものがただ一人《ひとり》あって、ただこの一人よりほかに親しきものを見出し得ぬとき、この一人は親でもある、兄弟でもある。さては愛人である。高柳君は単なる朋友《ほうゆう》をもって中野君を目《もく》してはおらぬ。その中野君がわが不平を残りなく聞いてくれぬのは残念である。途中で夕立に逢って思う所へ行かずに引き返したようなものである。残りなく聞いてくれぬ上に、呑気《のんき》な慰藉《いしゃ》をかぶせられるのは
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