して学校の位地を危うくするのは愚《ぐ》だと思った。校長は町と会社との関係を説いて、漫《みだり》に平地に風波を起すのは得策でないと説諭した。道也の最後に望を属《しょく》していた生徒すらも、父兄の意見を聞いて、身のほどを知らぬ馬鹿教師と云い出した。道也は飄然《ひょうぜん》として越後を去った。
 次に渡ったのは九州である。九州を中断してその北部から工業を除けば九州は白紙となる。炭礦《たんこう》の煙りを浴びて、黒い呼吸《いき》をせぬ者は人間の資格はない。垢光《あかびか》りのする背広の上へ蒼《あお》い顔を出して、世の中がこうの、社会がああの、未来の国民がなんのかのと白銅一個にさえ換算の出来ぬ不生産的な言説を弄《ろう》するものに存在の権利のあろうはずがない。権利のないものに存在を許すのは実業家の御慈悲《おじひ》である。無駄口を叩《たた》く学者や、蓄音機の代理をする教師が露命をつなぐ月々幾片《いくへん》の紙幣は、どこから湧《わ》いてくる。手の掌《ひら》をぽんと叩《たた》けば、自《おのず》から降る幾億の富の、塵《ちり》の塵の末を舐《な》めさして、生かして置くのが学者である、文士である、さては教師である
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