とあとが困りますから……」
「間違えたって構わないさ。国家主義も社会主義もあるものか、ただ正しい道がいいのさ」
「だって、もしあなたが、その人のようになったとして御覧なさい。私はやっぱり、その人の奥さん同様な、ひどい目に逢わなけりゃならないでしょう。人を御救いなさるのも結構ですが、ちっとは私の事も考えて、やって下さらなくっちゃ、あんまりですわ」
道也先生はしばらく沈吟《ちんぎん》していたが、やがて、机の前を立ちながら「そんな事はないよ。そんな馬鹿な事はないよ。徳川政府の時代じゃあるまいし」と云った。
例の袴《はかま》を突っかけると支度《したく》は一分たたぬうちに出来上った。玄関へ出る。外はいまだに強く吹いている。道也先生の姿は風の中に消えた。
清輝館《せいきかん》の演説会はこの風の中に開かれる。
講演者は四名、聴衆は三百名足らずである。書生が多い。その中に文学士高柳周作がいる。彼はこの風の中を襟巻《えりまき》に顔を包んで咳《せき》をしながらやって来た。十銭の入場料を払って、二階に上《あが》った時は、広い会場はまばらに席をあましてむしろ寂寞《せきばく》の感があった。彼は南側のなる
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