う」
「まことに御気の毒さまで……」
「いえ、あなたに何も云うつもりはない。当人がさ。まるで無鉄砲ですからね。大学を卒業して七八年にもなって筆耕《ひっこう》の真似《まね》をしているものが、どこの国にいるものですか。あれの友達の足立なんて人は大学の先生になって立派にしているじゃありませんか」
「自分だけはあれでなかなかえらいつもりでおりますから」
「ハハハハえらいつもりだって。いくら一人でえらがったって、人が相手にしなくっちゃしようがない」
「近頃は少しどうかしているんじゃないかと思います」
「何とも云えませんね。――何でもしきりに金持やなにかを攻撃するそうじゃありませんか。馬鹿ですねえ。そんな事をしたってどこが面白い。一文にゃならず、人からは擯斥《ひんせき》される。つまり自分の錆《さび》になるばかりでさあ」
「少しは人の云う事でも聞いてくれるといいんですけれども」
「しまいにゃ人にまで迷惑をかける。――実はね、きょう社でもって赤面しちまったんですがね。課長が私《わたし》を呼んで聞けば君の弟だそうだが、あの白井道也とか云う男は無暗《むやみ》に不穏な言論をして富豪などを攻撃する。よくない事
前へ 次へ
全222ページ中175ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング