心配性でいけない」
「心配もしますわ、どこへいらしっても折合《おりあい》がわるくっちゃ、おやめになるんですもの。私が心配性なら、あなたはよっぽど癇癪持《かんしゃくも》ちですわ」
「そうかも知れない。しかしおれの癇癪は……まあ、いいや。どうにか東京で食えるようにするから」
「御兄《おあにい》さんの所へいらしって御頼みなすったら、どうでしょう」
「うん、それも好いがね。兄はいったい人の世話なんかする男じゃないよ」
「あら、そう何でも一人できめて御《お》しまいになるから悪るいんですわ。昨日《きのう》もあんなに親切にいろいろ言って下さったじゃありませんか」
「昨日か。昨日はいろいろ世話を焼くような事を言った。言ったがね……」
「言ってもいけないんですか」
「いけなかないよ。言うのは結構だが……あんまり当《あて》にならないからな」
「なぜ?」
「なぜって、その内だんだんわかるさ」
「じゃ御友達の方にでも願って、あしたからでも運動をなすったらいいでしょう」
「友達って別に友達なんかありゃしない。同級生はみんな散ってしまった」
「だって毎年年始状を御寄《およ》こしになる足立《あだち》さんなんか東京で
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