渋蛇《しぶじゃ》の目《め》をさして鳩を見ている。あらい八丈《はちじょう》の羽織を長く着て、素足《すあし》を爪皮《つまかわ》のなかへさし込んで立った姿を、下宿の二階窓から書生が顔を二つ出して評している。柏手《かしわで》を打って鈴を鳴らして御賽銭《おさいせん》をなげ込んだ後姿が、見ている間《ま》にこっちへ逆戻《ぎゃくもどり》をする。黒縮緬《くろちりめん》へ三《み》つ柏《がしわ》の紋をつけた意気な芸者がすれ違うときに、高柳君の方に一瞥《いちべつ》の秋波《しゅうは》を送った。高柳君は鉛を背負《しょ》ったような重い心持ちになる。
石段を三十六おりる。電車がごうっごうっと通る。岩崎《いわさき》の塀《へい》が冷酷に聳《そび》えている。あの塀へ頭をぶつけて壊《こわ》してやろうかと思う。時雨《しぐれ》はいつか休《や》んで電車の停留所に五六人待っている。背《せ》の高い黒紋付が蝙蝠傘《こうもり》を畳んで空を仰いでいた。
「先生」と一人坊《ひとりぼ》っちの高柳君は呼びかけた。
「やあ妙な所で逢《あ》いましたね。散歩かね」
「ええ」と高柳君は答えた。
「天気のわるいのによく散歩するですね。――岩崎の塀を三度|
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