に脈《みゃく》を何遍となく験《けん》して見る。何遍験しても平脈《へいみゃく》ではない。早く打ち過ぎる。不規則に打ち過ぎる。どうしても尋常には打たない。痰《たん》を吐《は》くたびに眼を皿のようにして眺《なが》める。赤いものの見えないのが、せめてもの慰安である。
痰《たん》に血の交《まじ》らぬのを慰安とするものは、血の交る時にはただ生きているのを慰安とせねばならぬ。生きているだけを慰安とする運命に近づくかも知れぬ高柳君は、生きているだけを厭《いと》う人である。人は多くの場合においてこの矛盾を冒《おか》す。彼らは幸福に生きるのを目的とする。幸福に生きんがためには、幸福を享受《きょうじゅ》すべき生そのものの必要を認めぬ訳には行かぬ。単なる生命は彼らの目的にあらずとするも、幸福を享《う》け得る必須条件《ひっすじょうけん》として、あらゆる苦痛のもとに維持せねばならぬ。彼らがこの矛盾を冒《おか》して塵界《じんかい》に流転《るてん》するとき死なんとして死ぬ能《あた》わず、しかも日ごとに死に引き入れらるる事を自覚する。負債を償《つぐな》うの目的をもって月々に負債を新たにしつつあると変りはない。これを悲
前へ
次へ
全222ページ中134ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング