ぐってやる」
「そんなのを撲った日にゃ片《かた》っ端《ぱし》から撲らなくっちゃあならない。君そう怒るが、今の世の中はそんな男ばかりで出来てるんですよ」
 高柳君はまさかと思った。障子にさした足袋《たび》の影はいつしか消えて、開《あ》け放《はな》った一枚の間から、靴刷毛《くつはけ》の端《はじ》が見える。椽《えん》は泥だらけである。手《て》の平《ひら》ほどな庭の隅に一株の菊が、清らかに先生の貧《ひん》を照らしている。自然をどうでもいいと思っている高柳君もこの菊だけは美くしいと感じた。杉垣《すぎがき》の遥《はる》か向《むこう》に大きな柿の木が見えて、空のなかへ五分珠《ごぶだま》の珊瑚《さんご》をかためて嵌《は》め込んだように奇麗に赤く映る。鳴子《なるこ》の音がして烏《からす》がぱっと飛んだ。
「閑静な御住居《おすまい》ですね」
「ええ。蛸寺《たこでら》の和尚《おしょう》が烏を追っているんです。毎日がらんがらん云わして、烏ばかり追っている。ああ云う生涯《しょうがい》も閑静でいいな」
「大変たくさん柿が生《な》っていますね」
「渋柿ですよ。あの和尚は何が惜しくて、ああ渋柿の番ばかりするのかな。―
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