く取り捌《さば》いたり、感得したりする普通以上の吾々を指《さ》すのであります。その取り捌き方や感得し具合を紙に写したのが文学書になるのです、だから書物は読まないでも実際その事にあたれば立派な文学者です。したがってほかの学問ができ得る限り研究を妨害する事物を避けて、しだいに人世に遠《とおざ》かるに引き易《か》えて文学者は進んでこの障害のなかに飛び込むのであります」
「なるほど」と高柳君は妙な顔をして云った。
「あなたは、そうは考えませんか」
そう考えるにも、考えぬにも生れて始めて聞いた説である。批評的の返事が出るときは大抵用意のある場合に限る。不意撃《ふいうち》に応ずる事が出来れば不意撃ではない。
「ふうん」と云って高柳君は首を低《た》れた。文学は自己の本領である。自己の本領について、他人が答弁さえ出来ぬほどの説を吐《は》くならばその本領はあまり鞏固《きょうこ》なものではない。道也先生さえ、こんな見すぼらしい家に住んで、こんな、きたならしい着物をきているならば、おれは当然二十円五十銭の月給で沢山だと思った。何だか急に広い世界へ引き出されたような感じがする。
「先生はだいぶ御忙《おいそが
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