―文学はほかの学問とは違うのです」と道也先生は凛然《りんぜん》と云い放った。
「はあ」と高柳君は覚えず応答をした。
「ほかの学問はですね。その学問や、その学問の研究を阻害《そがい》するものが敵である。たとえば貧《ひん》とか、多忙とか、圧迫とか、不幸とか、悲酸《ひさん》な事情とか、不和とか、喧嘩《けんか》とかですね。これがあると学問が出来ない。だからなるべくこれを避けて時と心の余裕を得ようとする。文学者も今まではやはりそう云う了簡《りょうけん》でいたのです。そう云う了簡どころではない。あらゆる学問のうちで、文学者が一番|呑気《のんき》な閑日月《かんじつげつ》がなくてはならんように思われていた。おかしいのは当人自身までがその気でいた。しかしそれは間違です。文学は人生そのものである。苦痛にあれ、困窮にあれ、窮愁《きゅうしゅう》にあれ、凡《およ》そ人生の行路にあたるものはすなわち文学で、それらを甞《な》め得たものが文学者である。文学者と云うのは原稿紙を前に置いて、熟語字典を参考して、首をひねっているような閑人《ひまじん》じゃありません。円熟して深厚な趣味を体して、人間の万事を臆面《おくめん》な
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