。ちっとは察しるがいい」
 高柳君は今度は公然とにやにやと笑った。ちっとは察しるつもりでも、察しようがないのである。
「そうして、君はまたなんで今頃公園なんか散歩しているんだね」と中野君は正面から高柳君の顔を見たが、
「や、君の顔は妙だ。日の射《さ》している右側の方は大変血色がいいが、影になってる方は非常に色沢《いろつや》が悪い。奇妙だな。鼻を境に矛盾《むじゅん》が睨《にら》めこをしている。悲劇と喜劇の仮面《めん》を半々につぎ合せたようだ」と息もつがず、述べ立てた。
 この無心の評を聞いた、高柳君は心の秘密を顔の上で読まれたように、はっと思うと、右の手で額の方から顋《あご》のあたりまで、ぐるりと撫《な》で廻わした。こうして顔の上の矛盾をかき混《ま》ぜるつもりなのかも知れない。
「いくら天気がよくっても、散歩なんかする暇《ひま》はない。今日は新橋の先まで遺失品を探《さ》がしに行ってその帰りがけにちょっとついでだから、ここで休んで行こうと思って来たのさ」と顔を攪《か》き廻した手を顎《あご》の下へかって依然として浮かぬ様子をする。悲劇の面《めん》と喜劇の面をまぜ返えしたから通例の顔になるはずであるのに、妙に濁ったものが出来上ってしまった。
「遺失品て、何を落したんだい」
「昨日《きのう》電車の中で草稿《そうこう》を失って――」
「草稿? そりゃ大変だ。僕は書き上げた原稿が雑誌へ出るまでは心配でたまらない。実際草稿なんてものは、吾々《われわれ》に取って、命より大切なものだからね」
「なに、そんな大切な草稿でも書ける暇があるようだといいんだけれども――駄目だ」と自分を軽蔑《けいべつ》したような口調《くちょう》で云う。
「じゃ何の草稿だい」
「地理教授法の訳《やく》だ。あしたまでに届けるはずにしてあるのだから、今なくなっちゃ原稿料も貰えず、またやり直さなくっちゃならず、実に厭《いや》になっちまう」
「それで、探《さ》がしに行っても出て来《こ》ないのかい」
「来ない」
「どうしたんだろう」
「おおかた車掌が、うちへ持って行って、はたき[#「はたき」に傍点]でも拵《こしら》えたんだろう」
「まさか、しかし出なくっちゃ困るね」
「困るなあ自分の不注意と我慢するが、その遺失品係りの厭《いや》な奴《やつ》だ事って――実に不親切で、形式的で――まるで版行《はんこう》におしたような事をぺらぺ
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