のがある。
「なかなかわかりません」と道也先生が云う。聴衆はどっと笑った。
「袷《あわせ》は単衣《ひとえもの》のために存在するですか、綿入のために存在するですか。または袷自身のために存在するですか」と云って、一応聴衆を見廻した。笑うにはあまり、奇警である。慎《つつ》しむにはあまり飄《ひょう》きんである。聴衆は迷うた。
「六《む》ずかしい問題じゃ、わたしにもわからん」と済ました顔で云ってしまう。聴衆はまた笑った。
「それはわからんでも差支《さしつかえ》ない。しかし吾々《われわれ》は何のために存在しているか? これは知らなくてはならん。明治は四十年立った。四十年は短かくはない。明治の事業はこれで一段落を告げた……」
「ノー、ノー」と云うものがある。
「どこかでノー、ノーと云う声がする。わたしはその人に賛成である。そう云う人があるだろうと思うて待っていたのである」
聴衆はまた笑った。
「いや本当に待っていたのである」
聴衆は三たび鬨《とき》を揚《あ》げた。
「私《わたし》は四十年の歳月を短かくはないと申した。なるほど住んで見れば長い。しかし明治以外の人から見たらやはり長いだろうか。望遠鏡の眼鏡《めがね》は一寸の直径である。しかし愛宕山《あたごやま》から見ると品川の沖がこの一寸のなかに這入《はい》ってしまう。明治の四十年を長いと云うものは明治のなかに齷齪《あくせく》しているものの云う事である。後世から見ればずっと縮まってしまう。ずっと遠くから見ると一弾指《いちだんし》の間《かん》に過ぎん。――一弾指の間に何が出来る」と道也はテーブルの上をとんと敲《たた》いた。聴衆はちょっと驚ろいた。
「政治家は一大事業をしたつもりでいる。学者も一大事業をしたつもりでいる。実業家も軍人もみんな一大事業をしたつもりでいる。したつもりでいるがそれは自分のつもりである。明治四十年の天地に首を突き込んでいるから、したつもりになるのである。――一弾指の間に何が出来る」
今度は誰も笑わなかった。
「世の中の人は云うている。明治も四十年になる、まだ沙翁《さおう》が出ない、まだゲーテが出ない。四十年を長いと思えばこそ、そんな愚痴《ぐち》が出る。一弾指の間に何が出る」
「もうでるぞ」と叫んだものがある。
「もうでるかも知れん。しかし今までに出ておらん事は確かである。――一言にして云えば」と句を切った。満
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