心掛けておりますが」などと新夫婦を取り捲《ま》いてしまう。高柳君は憮然《ぶぜん》として中心をはずれて立っている。
すると向うから、襷《たすき》がけの女が駈けて来て、いきなり塩瀬《しおぜ》の五《いつ》つ紋《もん》をつらまえた。
「さあ、いらっしゃい」
「いらっしゃいたって、もうほかで御馳走《ごちそう》になっちまったよ」
「ずるいわ、あなたは、他《ひと》にこれほど馳《か》けずり廻らせて」
「旨《うま》いものも、ない癖に」
「あるわよ、あなた。まあいいからいらっしゃいてえのに」とぐいぐい引っ張る。塩瀬《しおぜ》は羽織が大事だから引かれながら行く、途端《とたん》に高柳君に突き当った。塩瀬はちょっと驚ろいて振り向いたまでは、粗忽《そこつ》をして恐れ入ったと云う面相《めんそう》をしていたが、高柳君の顔から服装を見るや否や、急に表情を変えた。
「やあ、こりゃ」と上からさげすむように云って、しかも立って見ている。
「いらっしゃいよ。いいからいらっしゃいよ。構わないでも、いいからいらっしゃいよ」と女は高柳君を後目《しりめ》にかけたなり塩瀬を引っ張って行く。
高柳君はぽつぽつ歩き出した。若夫婦は遥《はる》かあなたに遮《さえぎ》られていっしょにはなれぬ。芝生《しばふ》の真中に長い天幕《テント》を張る。中を覗《のぞ》いて見たら、暗い所に大きな菊の鉢《はち》がならべてある。今頃こんな菊がまだあるかと思う。白い長い花弁が中心から四方へ数百片延び尽して、延び尽した端《はじ》からまた随意に反《そ》り返りつつ、あらん限りの狂態を演じているのがある。背筋《せすじ》の通った黄な片《ひら》が中へ中へと抱き合って、真中に大切なものを守護するごとく、こんもりと丸くなったのもある。松の鉢も見える。玻璃盤《はりばん》に堆《うずた》かく林檎《りんご》を盛ったのが、白い卓布《たくふ》の上に鮮《あざ》やかに映る。林檎の頬が、暗きうちにも光っている。蜜柑を盛った大皿もある。傍《そば》でけらけらと笑う声がする。驚ろいて振り向くと、しるくはっとを被《かぶ》った二人の若い男が、二人共|相好《そうごう》を崩《くず》している。
「妙だよ。実に」と一人が云う。
「珍だね。全く田舎者《いなかもの》なんだよ」と一人が云う。
高柳君はじっと二人を見た。一人は胸開《むねあき》の狭い。模様のある胴衣《チョッキ》を着て、右手の親指を胴衣の
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