ばして、庇《ひさし》と崖《がけ》の間に細く映る空の色を眺めた。二人はそのまましばらく黙っていたが、良《やや》あって、
「だってそれじゃ無理ね」と御米がまた云った。
「人間一人大学を卒業させるなんて、おれの手際《てぎわ》じゃ到底《とても》駄目だ」と宗助は自分の能力だけを明らかにした。
 会話はそこで別の題目に移って、再び小六の上にも叔母の上にも帰って来なかった。それから二三日するとちょうど土曜が来たので、宗助は役所の帰りに、番町の叔母の所へ寄って見た。叔母は、
「おやおや、まあ御珍らしい事」と云って、いつもよりは愛想《あいそ》よく宗助を款待《もてな》してくれた。その時宗助は厭《いや》なのを我慢して、この四五年来溜めて置いた質問を始めて叔母に掛けた。叔母は固《もと》よりできるだけは弁解しない訳に行かなかった。
 叔母の云うところによると、宗助の邸宅《やしき》を売払った時、叔父の手に這入《はい》った金は、たしかには覚えていないが、何でも、宗助のために、急場の間に合せた借財を返した上、なお四千五百円とか四千三百円とか余ったそうである。ところが叔父の意見によると、あの屋敷は宗助が自分に提供して行
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