叔父に頼んで、留守中に売り払って貰《もら》った地所家作についても、口を切るのがつい面倒になった。しかし宗助が興味を有《も》たない叔父の所へ、不精無精《ふしょうぶしょう》にせよ、時たま出掛けて行くのは、単に叔父|甥《おい》の血属関係を、世間並に持ち堪《こた》えるための義務心からではなくって、いつか機会があったら、片をつけたい或物を胸の奥に控えていた結果に過ぎないのは明かであった。
「宗さんはどうもすっかり変っちまいましたね」と叔母が叔父に話す事があった。すると叔父は、
「そうよなあ。やっぱり、ああ云う事があると、永《なが》くまで後《あと》へ響くものだからな」と答えて、因果《いんが》は恐ろしいと云う風をする。叔母は重ねて、
「本当に、怖《こわ》いもんですね。元はあんな寝入《ねい》った子《こ》じゃなかったが――どうもはしゃぎ過ぎるくらい活溌《かっぱつ》でしたからね。それが二三年見ないうちに、まるで別の人みたように老《ふ》けちまって。今じゃあなたより御爺《おじい》さん御爺さんしていますよ」と云う。
「真逆《まさか》」と叔父がまた答える。
「いえ、頭や顔は別として、様子がさ」と叔母がまた弁解する
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