叔父に言い出さずにいた。ある時御米が、
「あなたあの事を叔父さんにおっしゃって」と聞いた。宗助はそれで急に思い出したように、
「うん、まだ云わないよ」と答えた。
「妙ね、あれほど気にしていらしったのに」と御米がうす笑をした。
「だって、落ちついて、そんな事を云い出す暇《ひま》がないんだもの」と宗助が弁解した。
 また十日ほど経《た》った。すると今度《こんだ》は宗助の方から、
「御米、あの事はまだ云わないよ。どうも云うのが面倒で厭《いや》になった」と云い出した。
「厭なのを無理におっしゃらなくってもいいわ」と御米が答えた。
「好いかい」と宗助が聞き返した。
「好いかいって、もともとあなたの事じゃなくって。私は先《せん》からどうでも好いんだわ」と御米が答えた。
 その時宗助は、
「じゃ、鹿爪《しかつめ》らしく云い出すのも何だか妙だから、そのうち機会《おり》があったら、聞くとしよう。なにそのうち聞いて見る機会《おり》がきっと出て来るよ」と云って延ばしてしまった。
 小六は何不足なく叔父の家に寝起《ねおき》していた。試験を受けて高等学校へ這入《はい》れれば、寄宿へ入舎しなければならないと云うの
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