いて口を噤《つぐ》んでしまう。そうして二人が黙って向き合っていると、いつの間にか、自分達は自分達の拵《こしら》えた、過去という暗い大きな窖《あな》の中に落ちている。
彼らは自業自得《じごうじとく》で、彼らの未来を塗抹《とまつ》した。だから歩いている先の方には、花やかな色彩を認める事ができないものと諦《あき》らめて、ただ二人手を携《たずさ》えて行く気になった。叔父の売り払ったと云う地面家作についても、固《もと》より多くの期待は持っていなかった。時々考え出したように、
「だって、近頃の相場なら、捨売《すてうり》にしたって、あの時叔父の拵らえてくれた金の倍にはなるんだもの。あんまり馬鹿馬鹿しいからね」と宗助が云い出すと、御米は淋《さみ》しそうに笑って、
「また地面? いつまでもあの事ばかり考えていらっしゃるのね。だって、あなたが万事|宜《よろ》しく願いますと、叔父さんにおっしゃったんでしょう」と云う。
「そりゃ仕方がないさ。あの場合ああでもしなければ方《ほう》がつかないんだもの」と宗助が云う。
「だからさ。叔父さんの方では、御金の代りに家《うち》と地面を貰ったつもりでいらっしゃるかも知れな
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